音読した英文が自分の言葉となるために

あっちこっちで音読がいい、音読がいいって話題になって
久しいですね。

今回は音読に限らず、目の前にある文章を反復することの
効果について書いていきます。

音読は国語でやったことがある。

音読というのは珍しいものではないと思います。
まず思い浮かべるのが、私たち自身の小学校時代。
国語の時間には、先生から「それじゃあ佐藤君、
21ページから22ページまで読んで。」

指された(刺された?)生徒は席を立ち、先生に言われた箇所を
声に出して読みます。

その英語版が「オンドク」。

でも、不思議なのが、私を含めて小学生時代に国語の教科書を
音読した経験があっても、その言葉のひとっつも、自分の言葉には
なっていないんじゃないかという疑問。

それじゃあ、英語の「オンドク」も効果ないんじゃあ・・・とつい疑いたくなります。

もちろん、小学生の時だって、国語の音読が全く無駄ではなかったはず。
でも、思ったほど頭に残っていないのは、それをヨソモノの言葉として扱った
からではないかと思います。

音読のしくみ

脳の領域では、音読のように機械的に音を出そうとする領域と
自ら文を作り出す領域は別にあると聞いています。

そうすると、音読しても、それが借り物の言葉と自分で判断しながら音読していると
「ただ機械的に声に出している」、というだけになっているのだと思います。

では、どうするか?

感情が決め手

私は若かりし頃(中学生の頃)、次のように音読すると、テキストの英文が
まるで自分が話しているかのように感じることができましたのでご紹介。
*むちゃくちゃ感情を込める(あたかも相手役のLucyがガールフレンドかのように)
*自分の言葉として話す

むちゃくちゃ感情を込める、というのは、これに限らず何か覚えるときには非常に
お勧めです。感情が動くと、なぜかモノが覚えられるのです。

たとえば、

“I studied English for two hours.”
“That’s a long time.”

このときに、
「おらあ、なんと2時間も英語を勉強したんだぜえ」と
大げさに感情を込めるつもりで英語を言い、
「そりああ おめえ、ずいぶんとなげえ時間イングリッシュべんきょうしたんだなあ」
位の気持ちを込めて
“That’s a long time.”というのです。

このくらい、感情を込めると、必然的に2番目のポイントの「自分の言葉として話す」は
意図せず実践できています。

おまけで、
「オレは今日企画書つくりを5時間もやったんだぜ」
「オー、That’s a long time.」なんて自作自演するともっといいでしょう。

また、自分の状況にあわせて、出てくる登場人物を自分の友達などに名前を変えてしまいます。
他の単語も、自分の環境(たとえばビジネスマンであればその環境)に変えてしまいます。
たとえば、
Keiko was studying when I visited her. というのであれば、

Keiko を同僚の花井さん、studying を working に変えてしまいます。

Keiko was studying when I visited her.

=> Hanai san was working when I visited her.

こんな風に変えてしまいます。
そうすると、もっと親近感がわき、まるで自分が話しているかのように音読できるはずです。

私の場合、この2つポイント、
*むちゃくちゃ感情を込める(あたかも相手役のLucyがガールフレンドかのように)
*自分の言葉として話す

をしっかりと念頭に置きながら、音読することでテキスト文がかなり
自分の脳裏に刷り込まれ、さらに中学生テキストの短い文章なので丸々
覚えてしまうのもそれほど苦ではありませんでした。

ただ、あんまりのり過ぎると、周りの人が引いてしまうので、
人目につかないところでやってください。