英語はわからない。だから面白い!

英語講座を運営していると、受講生からいろんな質問が舞い込んで来る。
最近は、英語上級者からの質問がちらほら来るようになり、

「やっぱり上級者も悩んでるんだよなー」とつくづく感じる。

TOEIC900点以上の上級者が、英語講座を受講するのか?と普通だったら
思うけれども、受講者は結構いる。

その理由はカンタン。


今までは、TOEICとか英検とか、英語外国人(私達日本人)向けのレベルで
勝負してくればよかった。その中で満点をとれば、一応合格。
まわりからも、

「すごいねー。鈴木さんはTOEIC960点なんだって」

と尊敬とほんのちょっと嫉妬のまなざし。

でも、本人は英語がそれほどできているという自覚をもてない。


私が実際にかなり英語ができる人、たとえばTOEIC満点だとか、英検1級だとか
プロの翻訳家なんかに、お聴きした範囲では、映画を字幕なしで100%理解できる
人は、一人もいなかった。

大体、字幕なしで理解する、ということを目標にすること自体、おかしいことなのかも
しれなけれど、やっぱり気になってしまう。
日本の映画で、セリフが100%聞き取れたかどうかなんて気にしないのと同じように
英語ネイティブもそんなこと気にしないのにね。

しかし、やはり英語をひとつの物差しとして考えると、

TOEICなどの外国人向け物差し と 英語ネイティブ向け娯楽映画 の英語力には

ずいぶんと差があるのは事実。

TOEICなど目指して、結局最高峰得点を勝ち得ても、まだ道半ばだった、ならば、
最初から映画を字幕なしで楽しんじゃえ、というもっと高い山を目指したほうが
面白いかもしれない。

その2つの目指す方向は違うのか? との質問を以前もらったことがあるが、
まあ、違うということもないけど、やり方は全然違うだろうね。

TOEICの試験なんかだと、正確さがモノをいう。


だから、大雑把に理解するというよりも、正確に理解して答えていく方法のほうが
高得点につながる。

ところが、実際のナマ英語は、大雑把でOKなのだ。
というか、大雑把のほうがよろしい。
これは、細かいところまで、神経をめぐらすよりも、大雑把に話の内容を掴むことで
推測力がグングンと育つ。推測力がでてくると、わかる英語からわからない英語を
推測することができる。

そうなれば、推測をドンドン重ねていくうちに、推測から、確信に変わっていく。


オセロのコマを、黒から白にひっくり返すように、ドンドン確信に変えていってしまえば
確信できる表現やフレーズ、単語ばっかりになって、英語を聞き取れるようになってくる。

そして、この確信によって理解したフレーズなんかは、日本語訳で覚えたフレーズよりも断然印象が強い。なぜならば、推測の段階で、何度も言葉の意味の範囲をまさぐりながら、その本当の意味を確信できるまで、その表現と遊んでいるからだ。

だから、たくさん映画をみて、たくさんフレーズをアタマにインプットして、たくさんそれをシャドイングしていくと、だんだんと、自分のポケットが英語で一杯になってくる。

そうなると、英語を最適なときに、最適な表現を取り出すことができるようになる。
ドラえもんのポケットのようだ!