英語は芸

海外留学した人よりも、現地でパン屋で修行したひとの方が使える英語のレベルは高い。

これは、英語はその人の知的能力よりも、どれだけ英語の海に放り込まれて溺れたかによって鍛え上げられるからだろう。

上品下品は別として、元プロレスラー藤波辰巳 選手は、16歳頃から米国でプロレス修行、トラの穴での修行はプロレスラーとしての実力だけじゃなく、英語も芸として身につける結果となった。

来日外人レスラーへのマイクを握って英語で相手を罵倒する迫力とその英語力(だから、上品下品は別ですよって!)は、すさまじかった!

どうも日本人は溺れるのが嫌いなのか、プールを好む。

プールに入っていち、にい、さん、とやっていると満足なようだが、まあそれじゃあ中々芸を鍛えるのは難しいようだ。

荒波にいきなり落とされて、溺れそうになりながら自力で何とか這い上がっていく、まあ、そこまでしなくてもそんなイメージのほうが英語習得には向いているようだ。

それからどうしても、我慢できない!っていうひとが多いのが、「完璧に理解できなくちゃ嫌だ!」という人たち。

英語があくまでも外国語ということを考えると、それを100%英語ネイティブと同じように理解することはほぼ困難である。なぜならば、語学だけの問題じゃあなく、その文化や歴史や社会観がすべてそっくり包み隠されているからだ。

かなり英語ができるレベルでも、聖書の引用があったときに、ああ、なるほど、と字面では理解できるが、その根底にある思想から、どうしてこの聖書の表現を引用したのかまで、はかり知ることは用意じゃあない。

だから、英語は芸、と割り切って、

とにかくあいまいさをそのままほうっておく柔軟性があったほうが、英語習得の過程で挫折することもなく、楽しく続けられると思う。

コップに半分 水が入っている状態を

「半分しか水が入っていない」

と考えるよりも

「半分も水が入っている、ラッキー」

と考える人のほうが、英語上達もモノになるようだ。

細かいことに気にしない、英語は知的能力と考えずに、犬のお手 よりもちょっと高度だけど 体操選手の月面宙返りよりは、よっぽどラク、と考えて楽しみながら接していくといいことが起こる!